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「この世で起きることはすべて神の意志」 [神道とスピリチュアリズム]

【2011年04月19日】-前回は東日本大震災について、問題発言をした4人を取り上げた。初めの3人については解説は必要ないが、イタリア人については説明がいるだろう。

 毎日新聞はその記事に、マッテイ氏が「宇宙で起こることはすべて神の摂理という(聖人たちの)考えを言ったまでだ」と釈明したとも書いていた。

 キリスト教徒はこのように考える傾向がある。「いいことも悪いことも神の意志だ」というのだ。神が天地を創造し人間も動物も創ったから、この世で起きることは何もかも神の意志の現れと考える訳だ。

 いい人にいいことが起きるのは神が褒美をあげたからで、悪い人に悪いことが起きるのは罰が下ったと考えば、分かりやすい。キリスト教では神を愛の塊のように言うから、日本人は「神が罰を下す」と聞くと意外に思うが、旧約聖書では神を怒らせたイスラエル部族が滅ぼされている。実は怖い神なのだ。

 この世の出来事は神の意志だから、都合が悪くても耐えるべきだと、キリスト教徒は考える。だから、アメリカの敬虔なキリスト教徒は、望まない妊娠の場合でも中絶に反対する。

・スピリチュアリズムとの共通点
 日本人などには理解しがたい考え方だが、イギリス流のスピリチュアリズムを学んだ者には分かりやすい。

 キリスト教徒の言う神を、守護霊、カルマ、運命と考えると、スピリチュアリズムの考え方に驚くほど似ている。人間が辛い目に遭うのは、自分が今生作ったカルマが一因だ。マイナスのエネルギーがある程度溜まると、守護霊などが反省させるために辛い出来事を起こす。

 前世で作ったカルマに関しては、生まれる前に「このようなカルマを返すために、物質界ではこのような経験をしよう」と決めるらしい。運命を自分で決める訳だ。

 だからキリスト教の神をカルマや守護霊の総合体と考えると、分かりやすいし合理的に見える。

 なお生まれる前には、カルマを返すことばかり決める訳ではない。「こんな課題にぶつかって、乗り越えて成長しよう」とも決めるそうだ。

 課題は守護霊と相談して選ぶが、時々目標を低くしすぎる霊がいるらしい。そのような霊は物質界ではあまり苦労せずに人並みの生活ができるが、苦労しないから修行は進まず、死んでから後悔するようだ。

 課題を乗り越えた霊こそ、死後には満足できるらしいから、苦労を厭わないようにしたい。勿論楽しいことも生前決めるし、魂の成長に必要だ。
 

・参考資料
http://aiarashi2004-hp.web.infoseek.co.jp/faith1.html

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