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靖国神社の周辺は騒々しかった [神道とスピリチュアリズム]

【2009年08月16日に掲載、19日に訂正】-昨日は終戦記念日だった。毎年この日、閣僚が靖国神社に参拝すると、左翼マスコミは批判する。程度の低い議論だ。今年参拝した閣僚は一人だけだったので、特に批判しなかった。靖国神社の是非については明日に論じることにして、今日は私が昨日参拝した時の模様を記すことにする。

 早い時間だと暑いし、左右の団体が言い合っているだろうから、遅い時間に行くことにした。地下鉄の九段下駅には4時45分頃着いた。地下道に巡査が3人も立っていたので、まだ落ち着いていないのかと心配になった。実際、マイクの大きな声が聞こえた。

 靖国神社に一番近い出口から外に出ると、うるさい連中が突然目の前に現れそうなので、交叉点(こうさてん)の前に出る出口から出ることにした。ところが地上に上がってみたら、その出口の真ん前で30代の男がマイクを握って大声を出していた。何のために遠回りしたのか分からなくなった。

 靖国神社に反対する連中を批判していたから、安堵したが、うるさかった。その男を囲むようにして数十人が立っていたが、無表情なので話しを聞いていたのか分からない。

 それから靖国神社に向かって歩き出した。夕方なのにまだ人出がかなりあった。巡査だけでなく機動隊員もいて、騒ぎそうな人より警官の方が多かった。何人かビラを配っていて、1枚もらったら中国共産党の弾圧を非難していた。中国人なのだろう。靖国賛成派は分かってくれると思って、ビラを配っていたのだと思う。

 第一鳥居をくぐって境内に入ったら、警官は減って神社の警備員が増えた。拝殿までのんびり歩いたら、10分くらいかかった。拝殿の前には、参拝を待つ人達が大勢立っていた。参拝者の多い神社では、後ろの方で祈って帰ることもあるはずだが、ここでは誰もが自分が最前列になるまで待っていた。それだけ心が籠もっている訳だ。

 参拝者を見渡してみたら、男女比は8対2くらいだった。平均年齢は意外と低く、50代以下が8割を占めているように見えた。兄弟や妻など英霊の遺族がもっといると思った。そんな人達は早い時間に来るのかも知れない。

 一番多いのは30代だ。若い人は殆ど一人か友達と来ているようだった。戦没者の子孫なら家族と来るだろう。愛国心の強い者が参拝するのか。私にも靖国に眠る親族はいない。カップルなどは気楽な顔をしていたので、子孫でもないし、慰霊の気持ちも特にないように見えた。服装は普段着の人が殆どだった。

・やっと参拝
 拝殿前で待っている人達は初め雑然と並んでいたが、前に進むにつれ整列していった。面白い。70代の男は参拝の後、「天皇陛下、万歳! 大日本帝国、万歳!」と2度も叫んだ。やはり古いタイプの人間が来るようだ。読経する声も聞こえた。神社でお経を上げても構わない。

 15分ほど待って、やっと私の番になった。賽銭を入れてから、「霊界で安らかにお過ごし下さい」と念じた。神道では2礼2拍手1礼(2度お辞儀をして、2度手を叩き、1回お辞儀をする)のが礼儀だが、そうする人は少ないようだった。学校で参拝の仕方を教えていないからだろう。

 参拝を終えてからちょっとベンチに腰掛け、涼みたいので遊就館に入った。売店で立ち読みしている人が何人もいた。遊就館には10分ほどいて、外に出た。

 辺りを歩き回ってみると、パール博士顕彰碑があった。そういえば保守派漫画家の小林よしのりさんが「靖国神社にパール博士の碑がある」と書いていたようだと思った。他にも鳩魂塔、軍犬慰霊像、戦没馬慰霊像もあった。犬や馬も戦争に駆り出されたことは知っていたが、靖国神社が祀っていることは知らなかった。

 それから拝殿の方に戻ったら、「参集殿」という建物があり、大きな看板を立てかけて「本日の昇殿参拝は終わりました」などと書いてあった。「遺族はお金を払って、本殿で参拝するのだろう」と思った。喪服を着た人達が出てきた。遺族だろうが、40代に見えた。

 5時半に拝殿前に着いたら、並ぶ人はさっきの半分くらいに減っていた。来た道を戻った。第一鳥居に近づくにつれて段々怒鳴り声が聞こえてきた。「お前に分かるか」などと言い合っていた。右翼と左翼が論争しているのかと思ったが、右翼団体同士が罵り合っていたようだ。私が境内の外に出た時ちょうど、右翼団体の車2台が走り去った。靖国賛成派同士で、言い合ってどうするのか。

 うるさい連中がいなくなったら、落ち着いた人がマイクで話し始めた。右派の人で、「左翼が靖国を批判するから、右翼団体が来る。そうすると衝突が起きないように警察も来る。」などと話していたようだ。歩道橋の上でその話を聞いている人達が数十人いた。

 そんな人達を横目に見ながら歩道橋で道の反対側に行き、北の丸公園にちょっと入った。駅まで戻ったら、女装したオカマも見かけた。変わり者が集まる日になったのかも知れない。

 遺族が祀られていなくても日本人は靖国神社に参拝すべきだが、8月15日に行くのはどうかと思う。うるさい連中がいて、落ち着いて参拝できない。早い時間には「英霊にこたえる会」などが真面目な集会を開くが、それを聞かないのなら遺族以外は別の日に行った方がいい。終戦記念日でなくてもいいと思う。

 帰宅してから、フジテレビで『硫黄島からの手紙』を見た。硫黄島の激戦を描いた映画だ。改めて英霊の慰霊と顕彰が必要だと思った。

 なお、「交差点」は当て字なので「交叉点」と書いた。「抽選」「融和」「義援金」も当て字だ。本来「抽籤」「宥和」「義捐金」と書く。公文書でも当て字を使っているから、日本文化を再興させることは難しい。


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